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今年の東日本は何とも不安定な梅雨空が基本なようで。
草野球で大きに楽しんだ昨日一日は、何とかいいお日和が保ったものの、
すぐの翌日はもう、朝からどんよりとした空模様。
「何か今日もすっきりとしないみたいだねぇ。」
朝食のお供として点けたテレビのワイドショーでも、
関東地域のお天気コーナーのお姉さんが、
てるてる坊主を描いたフリップを出して
今日の概況の説明にかかっており。
関東地方の地図は、どこもかしこも雲や傘のマーク再びという様相で。
相変わらずのこと
朝一番にご町内をぐるりとジョギングしているブッダが言うには、
いくら早起きだとはいえ、
この時期なら そんな時間帯でも十分天気が判るはずが、
六月中はずっと
“まだ朝日が昇る時間じゃないの?”と感じるような、
どんよりした空模様のままという朝続きだった印象が強かったとか。
「来週には もう七月なのにねぇ。」
アジサイのイラストが片隅に描かれたカレンダーへ、
あと数日を残すのみなんだのにねぇと、
ややもすると物憂げな視線を投げたブッダのお向かいから、
「〜〜〜〜〜、七月っ。」
前半は口を閉じたままのお声だったので、
何を言ったか聞き取れなんだ。
そんな雄叫びもどきを不意に上げかけたイエスであり。
「こらこら、お行儀悪いぞ。」
まだ食事は中盤というところ。
相手の食べ進みようもさりげなく見守っておいでのブッダゆえ、
おかわりと言いたかったのではないのは明白だとして、
「どうしたの?」
猫舌なイエスが喉に何か引っかけた時のため、
湯冷ましになるよう白湯を先に注いでおいた小ぶりな湯飲みを、
お膝近くの盆から持ち上げて。
丁寧にも両手がかりで どうぞと差し出しながら、
何が言いたかったの?と、会話の上でも あらためて水を差し向ければ、
「…っ、あのね?
七月に入ったらすぐ“七夕”があるでしょう?」
勢い込んでいたのは、
お取っときの お楽しみを思い出したからというのが、
相変わらずの彼らしさで微笑ましい。
お付き合いの長さから、何とはなく予測はあっても、
実際の笑顔に会うと そこはやはりしみじみと嬉しいと。
ブッダの側も釣られたように口許を弧にしての笑顔になり、
だから?と続きを目顔で促せば、
「商店街でもイベントがあるんだって。」
「イベント?」
そおだよと頷き、
さっきブッダが持って上がって来た新聞へ
身を乗り出すようにして手を延べると、
何枚も挟まっていたチラシを広げ、
「…あ、これこれ。」
選び出したのは小さめのシンプルなチラシ。
A4サイズと小さめなそれは、
七夕の商店街イベントだけを告知している代物であり。
文字も手書きの、いかにもお手製という微笑ましい仕様で、
笹飾りや彦星と織姫らしいキャラクターのイラストが
ささやかに散りばめられている中、
「お宝探しと 織姫様コンテスト、
金魚すくいやヨーヨー釣りもあるよって。」
後半は小さなお子様向けの企画だろうし、
織姫様コンテストというのは
女性向けだろうから、こちらのお二人には関係ない。
「お宝探し?」
イエスが関心を留めたのもそれだったらしく、
ブッダの訊き返す声へ うんうんと何度も頷くと、
「ほら、期間中のレシート3000円分で参加出来るんだって。」
イベント自体は、七夕は月曜日なので前日の日曜に催されるそうで。
商店街の面する中通りを使い、
賞品が記されたカードを封入したガシャポンのカプセルが、
あちこちに隠されているのを探すのだとか。
昼と夕方の二回も催されるそうで、
夕方のは隠すときにバレちゃわない?
色違いのを使い分けるそうだよ、
雑貨屋さんのご主人が言ってたもの。
さすがは事情通で、
実はそういった詳細も知っていたらしいヨシュア様、
「賞品も豪華だよ?
商店街で使えるお買いもの券1万円分とか、ビール1ケースとか、
あ、お米券もあるし、クオカードもあるって。」
五等のお素麺セットっていうのがいかにも夏だよね、
一等は大画面ハイビジョンテレビで、特賞はハワイ旅行だってと。
大盤振る舞いなのを、凄いねぇと感心して微笑ったイエスだったが、
「…それは参加しなくちゃですね。」
いやに冴えた声がしたのへ、はい?と
飲みかけていたお味噌汁からお顔を上げたれば。
お箸片手に、いきなり真剣シリアスな表情となったブッダが、
いかにも挑むような鋭い眼差しになっており。
後光まで射し始めかねぬ迫力なのへ、
“煩悩は消し去ってても、
こういうのへの意欲は別物なんだねぇ。”
まま、そんな意欲の一端でもあろう 優れたやり繰りのお陰で、
限られた給与しか収入はないも同然だってのに、
世界的に物価の高い都内でものんびり生活していられるのだし。
感謝しこそすれ、指摘なんてするものですかという、
こちらもまた微妙に現金な解釈の下、
うんうんという同意の頷きを深めて見せたイエス様。
卓袱台の真ん中に置かれたチラシを見下ろし、
「ああでも、
ブッダなら織姫様コンテストに出ても優勝を狙えるのにねぇ。」
それは美人さんなんだのに、
仮装ものではない上に、参加には身分証がいるからアウトだねと。
勿論 冗談だよというノリで、あははと笑って見せたところ、
「こちらは優勝賞品が省エネタイプの冷蔵庫ですか、惜しいですね。」
「…ブッダ、何か真剣な顔に見えるんだけど。」
ウチは 冷凍保存する食材って
あんまり縁がないと思ってたんだけどと、
遠回しなご意見を持って来て 恐る恐る進言すれば。
「何を言ってますか、」
お野菜もお値打ちの日に多めに買って、茹でたのを保存しておけば、
時短調理も出来て一石二鳥なんですって、と。
さすがしっかり者の如来様、真っ直ぐな眸をして切り返されてしまい。
とはいえ、
「まあ、女体化してまで狙うというのは、
さすがにやり過ぎですしねぇ。」
眉を下げつつ、そうと結んでくれたので、
「ああ、それでこそブッダだよvv」
「え? 何なに どうしたの? イエス。」
イエスの側にどういう心的経過や緊張があったかに
まったく気づいていないまま キョトンとするブッダだったのへ。
ほんのりと潤んだ瞳つきの笑顔で、
お帰り、私の善きハニーよと、
わざわざ手を取って安堵したイエス様だったりしたそうな。
◇◇
ついつい脱線つきのやりとりになってしまうのも相変わらずの、
それはそれは睦まじいお二人で。
何とも楽しげな朝食を終えると、
ほんの一呼吸休んだブッダが、続いてお洗濯にと取り掛かる。
久し振りに大汗をかいてしまった昨日のお出掛け、
タオルや着替えたTシャツといったあれこれが多いめにあったれど。
まだ雨までは降っていないのでと、
小物のいろいろは腰高窓から干し出し、
シャツやトレパンは室内、
厚手のジーパンやバスタオルは
玄関前の空間へイエスが器用に取り付けた、
突っ張り棒製の物干しへ、手際よく広げて干し出して完了。
マンションで言うベランダ以上の“共有スペース”なので、
本来は叱られかねない場所ではあるが、
こうも雨続きでは、干し場がもっと欲しいという気持ちも判るし、
2階通路の突き当たりなので通行の邪魔になるで無し。
何よりこれが一番大きいのが、
こちらの二人の場合 昼間ひなかも大概在宅しているので、
ちょっと見栄えが…などなどと思った場合、
苦情を告げればすぐにも取り込んでくれるという点を考慮して、
この時期だけの特別だからねと松田さんが許可してくださったそうで。
「…おや、それって。」
表への干し出しを終え、
やれやれと戻って来たブッダの視野に収まったのは。
いつの間に用意したのか、愛らしい大きさの枝振りをした笹の小枝。
とはいえ、昨日のお出掛けの中で買い求めた覚えはないし、
イエスだけが出掛けた間合いもなかったけどなぁと、
六畳間まで上がりつつ、ブッダが小首を傾げて見せれば、
「本物みたいでしょ。」
窓枠の一角、カーテンの帯を下げておく金具のところへ
根元を結わえていたイエスが、
玻璃の目許を細めて、ふふーと微笑う。
近寄って見やれば本物ではなくて、
針金を芯に、できるだけ和紙っぽい風合いの
緑色のチラシを細長くしたのを巻きつけて貼って枝を作り、
ところどころには細長い葉も
数枚ずつで束ねてちゃんと添えてあるという、
なかなかにリアルな出来であり。
「だけど、こんな針金なんてウチにあったっけ?」
古新聞を束ねるビニールのロープくらいなら常備しているが、
こういうことへ使えるようなもの、そうそう置いてはなかったんじゃあと。
少しでも不要な物が出れば片っ端から片付けてしまう
整理整頓の鬼、断捨離名人の釈迦牟尼様が。
ウチにあったとは思い当たらないんだけれどと、
あくまでも不思議そうにして尋ねれば、
「昨日、静子さんに分けてもらったんだ♪」
実は昨日の野球の集いに先んじて、
お家の中へ飾れるハンドメイドの笹の作り方を、メールで教わってたらしく。
クリーニング店から返って来る洗濯物に使われる
針金ハンガーを分けてもらっての、この力作なのだとか。
ごちゃごちゃと物を出しっぱなしにするの、
あんまりお好きではないブッダなのは百も承知だったけど、
「期間限定のインテリアなら構わないよね?」
飾っておきながら訊くのは狡いかなぁと
やや眉を下げての逃げ腰で訊いたイエスだったのへ、
「勿論だよvv」
風情が出て綺麗だし、他でもないキミの力作なんでしょ?と、
嬉しそうに微笑ったブッダであり。
ああよかったと胸を撫で下ろしたそのまま、
「じゃあ、これvv」
イエスが片付いた卓袱台へ置いたのが、
色紙を長四角に切ったらしい短冊もどき。
七夕の笹と来れば 縁起物や短冊を吊るすのが習わしであり、
「縁起物?」
「うん。
和紙を互い違いに切って作った投網とか、
スイカやキュウリやなすびとか。」
色紙で作った鎖飾りとか、
何度か折ったのへ切り込みを入れて作る切り紙細工。
色紙を細長く切ったのを束ねた
吹き流しっぽいのを提げてもお洒落ですよねvv
でもそれを“縁起物”と呼ぶかどうかは もーりんも知りません。
酉の市の熊手や 十日戎の福笹と、混同しているイエス様なのかもですね。
そして、それらと一緒に吊るすのが、願い事を書いた短冊で。
「え? 今 書かなきゃいけないかな。」
そんないきなり言われてもと、
慎重派のブッダ様には、結構 戸惑われる運びであったらしく。
まあまあ子供の遊びみたいなものなのにねと、
事情を知らない人からすれば ただただ微笑ましく感じるところだが、
「七夕の晩には天帝という尊が見るそうだから、
それまでならいいと思うよ。」
笑顔でとはいえ、
ちゃんと由縁にのっとったお答えを示すイエスもイエスで。
彼らにしてみれば、神様由来のしきたりである以上、
それが異教徒のものであれ、疎かにしてはいかんという身構えが
ついつい出てしまうのだろうと思われる。
「キュウリやナスと来ると、
私としてはお盆の送りを連想するんだけれどもね。」
それも先に作って置いたのだろう、
絵心はやや怪しいはずのイエスにしては、
静物は別枠なのか ちゃんとそれと判る野菜が吊るされてゆくの、
眺めていたブッダがそんな風に言い出して。
「夏野菜だからだとして、
じゃあ何でカボチャは吊るさないんだろうね?」
「あ、それは私も思ってた。」
いくら夏が旬だといっても、南米産の野菜だからねぇ。
こういう風習が定まった頃には 間に合わなかったのかなぁ。
やまとかぼちゃも間に合わなかったんでしょうかねぇ?(う〜ん)
「……っつっ。」
薄明るい窓辺から、たおやかにその腕を伸べる笹へ。
しおりを搓るところまでは知らなんだのか、
たこ糸だろう太めの糸で吊るせるようにした飾り物、
順番に提げていたイエスだったが、
不意に手を引っ込める所作を見せたので、
「イエス?」
きっちり和紙を巻いてはなかった、針金の切り口でもあったのか、
そこでうっかりと突いてしまったらしく。
痛むらしい指先、切ってしまったか口許へと持ってゆく。
「大丈夫?」
座っていたのが身を起こしての膝立ちになり、
どこを切ったの見せてご覧と、手を延べかけたブッダだが、
「ダメ。」
日頃は素直に頼る彼なのに、今日は違って、
無事だったほうの手をかざしまでして、ダメと制したイエスであり。
指へと寄せた唇の端に血が滲んでいるから、掠めた以上の傷だろに、
それを案じるブッダだと知りながら、でもでもダメと制した彼だったのは、
「ブッダ、
もしかして 躊躇いもしないで口つけちゃうトコだったでしょ。」
「え? …………………あ。」
こういう程度の指先やつま先の傷や怪我が、
小さくとも結構痛くて結構な出血を見るのは、
末端部分ほど神経や血管が集まっているからで。
細かい作業に集中するからであり、且つ、
周囲の環境をまさぐる先兵に当たる部位であるからに外ならず。
血は雑菌を洗い流す役目も果たし、
外へ外へ追い出しつつ血小板が傷口をふさぐカサブタを作るため、
どっと出てしまうのも已むなきこと。
…という、人体上の理屈のほかに
イエスの血には少々やっかいな特性もあるので、
出来れば触れないほうがいいという暗黙の了解があり。
遅ればせながら そこへも気づいたブッダなのへと苦笑を返し、
「わたしがもう一人現れても何だしね。」
「えっとぉ…。/////////」
見て見たい気もしますが。(おいおい)
そも、多少の怪我や病は自己修復も出来る身のイエスなので、
しばらくほど唇をつけていた箇所も、大してかからず塞がったようであり。
「…うん。もう大丈夫。」
そこだと判っておれば、うっすらと赤くなっているのが目立つかなという程度、
肌の状態としてはすっかりと塞がっているの、確認がてら見下ろしておれば、
「貸して。」
ひょいと掬い上げられ、柔らかいものへと触れる。
え?と思ったのと ほぼ同時という早業であり。
しかも、ただ掴んで引き寄せたってだけじゃあない、
もう片やの手も添えてという丁寧さ。
まるで祈りを捧げるかのよに、長い睫毛を頬の縁へ伏せ、
それは神妙な顔をして、
イエスの指の腹、傷があった跡へそおと自身の唇をあてるブッダであり。
「や…あの…。////////」
もう塞がったのに? 信用ならなかったかなぁと、
そんな方向へ戸惑いながらも。
だからといって、強引に もういいってと払い退けるのも
それはそれでいけないことみたいだしと。
向かい合う愛しい人からの慈愛の仕儀を見守っておれば、
“あ……。////////”
しっとりやわらかい唇の感触だけでも、ドキドキものだというのにね。
そこから じわりと広がる、やさしくて暖かい感触があって。
それがひたひたと滲みてゆくにつれ、
まだ少しはジンジンとした痛みのあった箇所が、
“ありゃ、どっかへ行っちゃったよ。”
ただ塞いだところ、完全に治癒してくれたらしいブッダなのへ、
「…もうもう、過保護なんだから。」
大天使たちのことは言えないよと、
いや言われたことはないけれど。
ついついの照れ隠しから、責めるような拗ねたような言い方をすれば、
やっとその口許を指先から離したブッダがくすりと微笑い、
「何言ってるの。」
このくらいは過保護とは言えぬ、そうと返すかと思いきや、
「少しでも痛いままだと、気が散るでしょう?」
その手に預かったままのイエスの手、愛おしげに輪郭をなぞって見せ、
「イエス自身の手であれ、
よそ見されちゃうのって何か…、………っ。/////////」
あ、何言ってるんだろ私と、中途で我に返って赤くなる。
自覚もないまま、そんな甘やかなことを口走ってしまったあたり、
“私の血の威力って、こんなに凄いのかぁ。”
おいおい、自覚してどうするか。
含羞みのあまり動転し、
そのくせ、イエスの手を懐ろへ掻い込んでしまったブッダだったのへ、
“…ああ、何か。”
何て言えばいいのかな。
いつも頼もしくて我慢強くて、しっかり者なブッダなのにね。
イエスへの想いに限っては、
こんなにも他愛なく、取り乱すほど含羞んでしまう人なのが、
嬉しいし恥ずかしいし、でもやっぱり嬉しいなぁと。
単純なんだか複雑なんだか、
恐らくはそのどっちもから練り上げられた想いを胸に。
ひょいと膝立ちになると、そのまま向かい合う彼へとお顔を寄せて。
“………え?”
何なに?と。
微妙な拍数の間合いを置いてから ハッとした
ブッダがちょうど見上げてくれた格好のお顔の真ん中、
薄く開いてた唇へ、
「お返し。」
「…っ。////////」
丁度片手を取られていたの、
そのままついと上げてまろやかな顎を支え。
甘くて柔らかい、特別な果実へそおと触れてから、
はくと やわらかいところを咥え込めば。
「あ、あ……あ。/////////」
触れてただけの間は、そんな声が切れ切れに聞こえたけれど。
密着しがてら塞いでしまうと、
んぅと呻いたそのまま、たおやかな腕が伸びて来て、
いつものように背中へ掴まり、しがみついて来る素直さよ。
夏本番には まだちょっと間があるから、あのね?
お互いの肌の熱、こんなして確かめ合ってもいいよね、と。
愛しい人の瑞々しい唇にキスする理由、
いろんなとこから持って来る、
困ったヨシュア様だったようでございます。
お題 9 『キスがスキ(回文)』
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*何か間延びしちゃいましたね。
書きながら どのお題がいいかと
考えるのはやめとこう。(まったくです/笑)
不穏な空気が立ったような立たないようなという
お二人の外延ですが、
ご当人へはまだ気配さえ届いてませんから、
至って暢気なもんです、はい。
*七夕というゴールを設けましたが、
またぞろ遅刻しそうな気がして来ました。
だってこっちは毎日どっかで暑いんですもの。
今日だって朝は結構涼しかったのにぃ…。
とりあえず、頑張りますね、はい。
めーるふぉーむvv 


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